大判例

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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1634号 判決

原告

弓場榮一郎

右訴訟代理人弁護士

松本理

中山正隆

戸越照吉

被告

右代表者法務大臣

田沢智治

右指定代理人

野中百合子

村上武志

亀山泉

永井秀明

宮川昌幸

河村浩一

山下研一郎

佐藤嘉之

被告

大阪市

右代表者市長

西尾正也

右指定代理人

山下研一郎

河村浩一

事実及び理由

第三 判断

一  被告大阪市に対する請求の適法性(確認の利益)について

確認の利益は、被告において、原告の権利を争い、あるいは自ら権利者であると主張するなどの態度に出ることにより、原告の権利又は法律状態に危険・不安定が生ずるおそれが現存し、これを即時に確認判決によって除去する必要がある場合に認められるのであって、右原告の危険・不安定は法律上のものであることを要する(最高裁昭和三〇年一二月二六日判決・民集九巻一四号二〇八二頁)。

これを本件についてみると、本件係争土地を含む本件道路は、旧道賂法に基づき市道として供用開始がなされ、道路法施行法五条に基づき被告大阪市が被告国から無償貸付を受け、これを管理しているものであるが、原告が本件係争土地の所有権の時効取得を主張しているのに対し、被告大阪市は、同道路は被告国の所有であるとして原告の所有権を争っており、また、後記二で認定するとおり、原告は、本法係争土地を第三者に賃貸し、右賃借人は同土地上に建物を所有しているところ、被告大阪市は、右道路管理権に基づき右賃借人に右建物の除去を求めている。

ところで、被告大阪市の本件道路に対する管理権限は、私法上の権原に基づくものではなく、道路法に基づく公法上の制限であるから、当該道賂について供用開始がなされた以上、右供用開始行為が無効であるか、又は道賂の供用廃止等、後に公用廃止行為がなされない限り、本件道路敷地の所有権等私権については右公用制限が付着したものとして存在するにすぎず、右敷地所有権者が本件道賂の管理者である被告大阪市に対して右道路敷地について所有権確認の判決を得たとしても、右制限のない所有権としてその権利関係が確定するわけではなく、したがって、被告大阪市に対する右所有権確認の請求は道路敷地所有者の法律上の地位に何ら影響を及ぼすものではない。しかし、本訴における原告の請求は、右のとおり、本件道路敷地の一部である本件係争土地を時効によりその所有権を取得したというものであるところ、右請求については、後記三で判示するとおり、その前提条件として、取得時効の対象となっている本件係争土地について公物性が消滅していることが必要とされているのであり、これについて原告は黙示の公用廃止がなされ、本件道路に対する被告大阪市の管理権限は本件係争土地については及んでいないと主張している。これによれば、原告が被告大阪市に対して本件係争土地につき所有権確認の判決を得ることにより、原告は公用制限が付いていない完全な所有権を取得し、その結果、被告大阪市の右土地に対する管理権の行使を排除することができることになるのであって、原告が被告国のみならず被告大阪市に対しても本件係争土地の所有権が原告に帰属していることの確認を求める利益はあるといわなければならない。

原告の被告大阪市に対する訴えは適法である。

二  原告が本法係争土地を占有するに至ったいきさつ等について

〔証拠略〕を総合すれば、以下の各事実を認めることができる。

原告、昭和一八年五月に本件一土地を、昭和二〇年一二月には本件二土地をそれぞれ取得し、また、右土地の隣地の大阪市中央区難波三丁目四二番一五(以下、土地は地番のみで表す。)も原告の弟芳治の所有に係るものであった。これらの土地の上には木造の棟割長屋の商店が建っていたが、昭和一九年ころ、空襲による延焼を防ぐためにこれらの建物は強制的に撤去され、この空き地は被告大阪市に賃貸されることになった。

原告は昭和一九年一〇月に軍隊に行き、昭和二〇年九月復員したが、当時、右土地付近一帯はバラックの建ち並ぶ市となっており、終戦で解放された朝鮮人や台湾人らにより不法に占拠されていた。そして、昭和二一年春には、その必要もなくなったので、右各土地は大阪市から所有者である原告らに返還されたのであるが、その際、被告大阪市は右不法占拠中の者を立ち退かせることもせず、また各所得者にその返還する範囲の指示もしなかった、原告は、原告所有地上の不法占拠者を退去させるために警察等にも相談したが、当時は警察もこのような人達には手が出せない時世であり、何の効もなかった。

その後、原告が調査した結果、原告所有地上に原告に無断で建築した者の名前も分かってきたので、原告はそれらの者と個別に交渉し、昭和二二年四月ころから昭和二五年ころにかけて、これらの人々と原告所有地につき賃貸借契約を結んだ。ただ、当時は戦後の混乱期のことでもあり、また露店商的な商売をしていていまだ建物を建築していない者もあり、右契約に当たっても、測量もせずに、現実に占有している範囲を契約の対象とし、もちろん地代計算の根拠となる契約面積も大体のところを双方の合意で取り決めるような有り様であった。その後、右当初の借地人から建物を譲り受けた者もあり、現在、原告所有地上には、北から小間物屋「エリー」を経営している宮永宏行、レコード等の販売店である「ワルツ堂」を経営している高井敏夫、スーパーフアツシヨンデポ」を経営している株式会社サカエがそれぞれ原告から右土地を賃借して、その地上に建物を所有している。

原告所有地の東に接して南北に走っている本件道賂は通称戎橋筋商店街と呼ばれている大阪で最も繁華な場所のひとつであるが、右道賂は被告大阪市が管理するものであり、もともと里道であったところ、明治二二年に大阪市制の施行に伴い、被告大阪市が管理することになり、その後大正九年四月、旧道路法による道路認定と区域決定がなれ、道路として供用開始がなされたものである。右道路は幅員が三・三間(六メートル)として道路認定がされているのであるが、本件一土地の東北角付近から南に約五〇メートルの「四二番三」付近までの区間は、右道路を挟んで原告所有地と反対側(東側)の土地二八・八坪が明治二〇年一一月に国に買収されて道路敷地となっているため、右五〇メートル位の区間の道路幅は四・六五間(八・四五メートル)とされていて、右区間の道路幅はその南北側よりは広くなっている。

ところが、原告所有地付近は、前記のとおり、戦後不法占拠され、その土地所有者はもちろん、本件道路管理者である被告大阪市も所有土地や道路を十分に管理することができなかったこともあって、道路幅員が他の場所より広くなっている本件一土地から「四二番三」までの約五〇メートルの右一画においては、本件道路との境界を超えて道路敷地部分にまで張り出して建物(八棟、九店舗)が建てられて現在に至っている(以下「市場への越境区域」という。)。そして、原告所有地については、本訴で原告が時効取得したと主張している別紙図面記載の東側の線まで借地人の所有する建物が建てられているが(右越境部分が本件係争土地に当たる。)、このような状況は終戦直後の不法占拠者が占有していた当時とほとんど変わっておらず、また、「市道への越境区域」にある右各建物も新改築等により多少の出入りはあるものの、原告所有地上の建物と同じく本件道路との境界から八〇センチメートル程度越境している状況にある。

本件各土地が所在している戎橋筋商店街では、昭和三六年ころから本件道路上にアーケード設置の要望が高まり、大阪市では本件係争土地上の建築物を含む本件道路土に越境している建物等の撤去をできるだけ早期に実施するよう求めた上で、アーケードの建設を許可したが、平成三年に入り、これを改築する話が持ち上がり、右道路の管理者である被告大阪市としては、この改築については道路敷地の不法占拠状況を解消しない限り、これを認めないとの方針を出し、各占有者に対し直ちに道路敷地から退去するよう申し入れた。原告は、平成四年三月四日、借地人の前記高井からこの話を聞いて、大阪市の意向を知り、直ちに市の担当者と話し合いをしたのであるが、その中で原告は現在の占有状況が正しいものであると主張するとともに、大阪市に申入れに従うならば、原告の占有している土地の範囲が公簿地積に満たなくなり、隣地との境界争いが起こるおそれがあるので、公簿地積だけは確保してくれるようにとの主張もしたが、被告大阪市では、本訴で被告らが主張する境界を前提として、「市道への越境区域」の一画について、その占有地積を測量した結果、右区域全体としては、越境部分の返還を受けても、その占有地積は公簿地積より多いことが判明した。

三  本件係争土地の公用廃止について

本件係争土地が公物である道路敷地の一部であることは前記のとおりであるが、原告は、右土地については黙示の公用廃止がなされていると主張する。

ところで、道路等の公物(公共用財産)について黙示の公用廃止がなされたとするためには、公共用財産が、長年の間事情上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなったことが要件として必要であり(最高裁昭和五一年一二月二四日判決。民集三〇巻一一号一一〇四頁参照)、しかも、取得時効の要件としての公用廃止の事実は遅くとも占有開始の時点までに存在していることを要すると解するのが相当であるところ、前記認定事実によれば、終戦直後、本件係争土地の占有が開始された当時、右土地が本件道路の敷地を構成していたものであることは明らかであり、右時点において、既にこれを道路として維持する必要がなくなっており、また、大阪市もこれを是認していたと認めることができるような事情は全く存在していないのであって、本件係争土地について、道路としての公用廃止の右要件を備えていたと認めることはできない。ちなみに、〔証拠略〕によれば、本件道路の管理者である被告大阪市は再三にわたり、「市道への越境区域」について、不法占拠解消方を関係者に申し入れてきており、これに対し、原告所有地の借地人である前記高井及び株式会社サカエは大阪市長に対し、本件係争土地上にある工作物を撤去する旨を誓約するとの書面を差し入れてもいることが認められるのであり、その後、大阪市長が本件係争土地について、黙示的にせよ公用廃止行為をした事実を認めることもできない。

原告は、本件係争土地付近の本件道路の幅員は現況のままでも七・七メートルもあり、その南北側の幅員六メートルよりも広く、通行に支障は全くないと主張するが、これによれば、通行に支障さえなければ(これも各人の考え方により支障の有無及びその程度についての判断が異なるであろうが)、道路として供用開始がされている道路敷地の一部を私人が勝手に占有すれば、たちまちその部分について公用廃止がされたことにもなりかねないのであって、公用廃止の要件についての前記判示に照らしても、右のような見解には到底賛同することができない。そもそも、本件係争土地付近の道路は、前記認定のとおり、その南北側より広い幅員で道路認定がされているのであり、また、〔証拠略〕を見ても分かるとおり、本来真っすぐに設置されているはずの本件道路が、原告らの不法占拠により本件争土地を含む「市場への越境区域」付近において、現況はやや東に寄っている形になっている上、本件係争土地を原告らにより占有されていることにより、その分交通が阻害されていることは明らかであって、いずれにしても原告の右主張を彩ることはできない。

また、原告は、「市場への越境区域」上にある建物には、本件道路の幅員を被告らが主張しているような八・四五メートルではなく、七・三五メートルとして建築確認を受けているものがあり、鉄骨造の建物を現況どおりに建築しているものもあるから、被告大阪市は本件道路への越境を公認していたはずであると主張し、その建築確認書等〔証拠略〕として提出している。しかし、〔証拠略〕によれば、建築確認を担当する大阪市の建築主事は、建築計画が建築関係法規に適合していることを公権的に判断する権限を有しているのみで、道路の境界明示については権限がなく、道路については、建築物の敷地と道路との境界が不明確であるとの申し出がない限り、道路境界明示指令書の提出を求める扱いはしていないことが認められるのであり、前記のとおり越境部分について工作物の撤去の申入れをしてきた事実をも考え併せると、右建築確認等をもって、被告大阪市が越境を公認していたと認めることもできない。

原告の本件係争土地に対する所有権確認請求は理由がない。

(裁判長裁判官 福富昌昭 裁判官 加藤正男 大島道代)

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